あっという間に12月。
2023年は本当に一瞬でした。
最近Youtubeで「2023年のハイライトを観る」という機能があって、よく再生した動画や音楽を見る機能がありましたね。
私の今年の一番再生した音楽は"Slipknot"でした。
まぁ、とにかくKnotfest(ノットフェス)が楽しみだったんでしょうね。(実際最高でした)
*長すぎた前置き(絶望)
冬になるにつれ、日照時間も限られてくるので、11月以降現在進行形で「頭・心・体」の連動がうまくいかないのが正直なところです。
個人差はありますが、自律神経の問題(セロトニン)と行動の質量共に向上させるエネルギー(アドレナリン)が不足しているなという問題。
そこで、最近はiphoneのフィットネス機能で10,000歩になるまで散歩するのを毎日の日課としています。
今までの私の1日に対する考え方として、プライベートの日と仕事のある日が完全に分かれていたんですよね。
「仕事で今日1日のエネルギー消費するから、どうせ夜は何かやっても身につかないでしょ...。」という気持ちがどうしても底にあったわけで。なので、仕事で見せる顔とプライベートで見せる顔が全然違うので驚かれることもしばしば...。
このマインドは今までとても変え難い考え方で、今回の散歩の話ではこの自分の中にある習慣を変えるための一つの取り組みとしてやっているわけです。
さて、前置きが長くなりましたが、そんな10000歩ウォーキングをしてる途中に音楽を聴くわけです。
仕事に行く途中でも、最近音楽に対するこだわりが薄くなるどころか、音楽を好きかどうかも怪しいぐらいにイヤホンをしなくもなっているように感じます。(していてもYoutube観るとか)
ですが、10000歩ウォーキングをしている途中では想像力が湧く事や、アドレナリンが湧いている感覚がしていて「こりゃ無限に歩けるぞ、むしろ何かしていないと気が済まないではないか!(公演の遊具で懸垂を挟んだり)」
...フットワークが軽かった自分のエネルギー源って音楽だったじゃないか!
な ぜ 今 は 違 う ?
いざ自分語りを始めるとボリュームが尋常でないので、雑記として、本当に、「タイパ」とか言われてる、時代?、ですから?
本当に、暇で読んであげるよって方だけ読んでいただければ幸いです(超絶下から目線のお願い)
B'z 〜すべての始まり〜
いや〜、カッコイイ。
たぶん、母の胎内にいた頃から聴いていたので。←
ただし、見栄を張らずに言いたいのが、1997年のSURVIVEまで。
ここまでのB'zにとても影響を受けました。
エピソード① Wonderful Opportunity
14歳の頃、加古川将棋センターで将棋を指して帰るときに、普段は電車に乗って2駅で自宅に帰るところ、その途中の1駅目のところにTSUTAYAがあり、そこのCD視聴コーナーに入り浸り始めました。
ある夏休みの日、加古川将棋センターから歩いてそのTSUTAYAまで長い道を歩くゆの少年は、「B'zが聴きたい!」と無心に歩いてTSUTAYAにいき、そこで初めて「IN THE LIFE」を手に取り早速視聴♪
心配ナイ問題ナイ♪ ナイナイナイザッツイッツオ〜ラ〜イ♪
バタっ...!!
曲が良すぎて安堵したのか、貧血でCD視聴席から倒れて失神してしまい、気付いたら母に起こされていました。
後日そのIN THE LIFEをレンタルしてからはMDに入れて何度も聴いていました。
しかし、振り返ると当時その失神した時の感覚は、「心配ない問題ない〜♪」と言われるがままに気持ちよい感覚がありました。
何事も身を投げてしまえばどうとでもなるという"楽観的"な性格を形成するキッカケになったかもしれないなとも感じるのです。
エピソード② 赤い河
14歳の夏に奨励会試験を受けた後の冬、「ようやく僕も周りと同じ中学生になれる!」と早く剣道部に入りたい気持ちでいっぱいでした。
がしかし、武具が高くて入れなかったことや、当時の反抗期による半年間友達の家で暮らすという壮絶な生活をしていた時期がありました。
その間毎日友達の押入れの中で寝ていたのですが、その友達が当時でいういわゆるVIPPER(ヴィッパー)でして、この頃からどんどんインターネットの事情についてなど知るようになります。
また、その友達が当時プレイしていたTO HEART2というゲームを横から見ていて「な、何このゲームなのに胸が苦しくなるこの感じは!?」というギャルゲーに魅了されていってしまうのです。
そのTO HEART2に出てくる「ルーシー・マリア・ミソラ」というキャラクターがいまして...。
このキャラクターが宇宙人の女の子なわけなんですが、まぁ簡単な話、仲良くなってから宇宙に帰って別れちゃうんですね。
その後の話が切ない切ない...。
具体的には忘れましたが、あの時は横で見ていて震撼しました。
当時、「AIR」や「CROSS CHANNEL」など、プレイしてから1~2週間ぐらい上の空になりがちでした。
授業中も空を見ながら「空が青い...。」とか言ってみたりして...(激痛)
と、同時そんな反抗期の生活をしながらも初恋をした時期もあり、ここらへんからおかしくなりましたね...。
小学生で児童長をしていて、中学でも生徒会長になりたいと考えていたことも朧げに思い出しました。
そんな多感な時期に繰り返し聴いていた音楽がB'zの「7th Blues」。
とくに当時は「赤い河」をず〜〜っとリプレイしていました。(特に歌が始まるイントロ1分間)
とか書いてたら、今聴きたくなったので、今聴いてます笑
当時何より感動したのは、一曲聴いただけで音楽はいろんな解釈ができるんだな〜と感じたことですね。
この頃の稲葉さんの歌詞と松本さんの攻めるサウンドが重なって楽しい青春時代の1ページを過ごすことができたのは本当に感謝です。
*B'zファンの方はお気づきかと思いますが、「7th Blues」にどっぷりということは「FRIENDS」シリーズで感傷に浸っていたのは言うまでもありません笑(激痛)
おわりに
いや、ちょっと長い長い。
こんなんで、2つ目いったら一冊の本なってまう!!まうぅ!
まぁ、書くんですけどね。面白いから。
「今が幸せ」という精神は変わらないんですが、当時の良かったな〜と思う要素を洗い出す機会ってここまですることないので。
近いうちに続編をアップします〜。(本当はこんなに分けるつもりなかったがボリューミーなので)
この頃の自分としてのキーワードとして「世界観」というものを知り始めるようになったと感じます。
将棋一筋だった自分に音楽は衝撃的でしたし、アニメやゲームなどもこの頃からいろいろやり始めるようになりました。
今ではそんなにゲームに没頭できない程です。とくにRPG好きでしたしね。(今では無理)
その中で感覚的に思っていることを具体的に世の中に出せるということに対して遠巻きに魅了されていたのだと思います。
このことを当時はうまく言語化できませんでしたから。
この頃の私は、「赤ちゃんはお父さんとお母さんが本当に仲良くしていれば、ある日コウノトリさんが運んできてくれる」と真面目に思っていましたからね。保健体育で真実を知った時に絶望した日を忘れておりません。(激痛)
それでは〜。